その昔、太陽の女神である天照大御神(アマテラスオオミカミ)が天岩戸にお隠れになった時、地上からすべての光が消え、厄災が降り注いだという。日本ではいにしえの時代から、太陽は国の根幹を成すシンボルだったのだ。日本が「日出ずる処」と呼ばれるようになった由来は、この伝説にあると考える人もいるだろう。

夜が明ける少し前、沖縄のビーチに腰をおろしていると、夢のように美しい朝焼けに出会える。こんなふうにゆっくりと、ためらうように太陽が昇る場所は、世界中探しても日本だけだろう。まず、ゆっくりと空のインクが水平線に溶け出すように紺青の色が変わり始め、ついさっきまで手でつかめそうなほど近くに見えた最後の星たちが次々と消えていく。そして、天使が筆で描いたような細い赤のラインが現れ、海と空を隔てていく。この瞬間がいつまでも続くような気がする。太陽はこのまま昇るのだろうか、あるいは恥ずかしがって後戻りして、ほかの世界を照らすのだろうか?

 

ゆっくりと姿を現し、昇っていく太陽は、さながらカンヌ映画祭のレッドカーペットを歩く映画スターだ。ただ一つ違うのは、揺れる波に自前の赤いカーペットを敷き詰めていくところだ。風がないときの鏡のように静かな水面、台風が近づくときの怒り狂った蛇のような荒波、そして陽の光を受けて、黄金の涙のように幾千ものきらめきを放つ波。波のリズムに合わせてカーペットが揺れる、まるで魔法のような瞬間だ。

同時に、冷たい夜の空気は消え、太陽のやわらかなぬくもりが肩に舞い降りる。しかし、沖縄ではこの時間は長く続かない。陽が昇るや否や、太鼓を打ち鳴らすように熱気がヒタヒタと押し寄せてくる。なめらかなベルベットのような色を失い、目がくらむほどの炎の輪に変わる太陽。そのまばゆい光が緑したたる美しい沖縄の島々に降り注ぎ始める。

道路を覆う黒いアスファルトは目玉焼きが作れるほどの熱い鉄板になり、森の木々は命の恵みである光を全身に浴びようと、太陽の方角に首を向ける。楽器を調律するオーケストラの楽団員のように、セミたちは太陽の到来を祝い、人々は日陰と風で涼を取る。揺れる風鈴が涼し気な音色を奏でる縁側で座布団に座り、薄い芭蕉布の着物を身にまとい、けだるげにうちわを扇ぐ。冷たいお茶やシークワーサー水を飲みながら、遠い彼方の海のきらめきを眺めるのだ。

 

「テラス」 に宿泊した人は、さまざまな形で太陽の光を楽しむことができる。ホテルに到着したゲストは、とにかく一刻も早くビーチに行きたいと思っているはずだ。太陽の光にらされた白い砂浜はまぶしいほどに輝き、素足ではまともに歩けないほど熱いのに、表面を少し掘ってみるとその下は意外とひんやりとしている。頭上から太陽がジリジリと照りつける。昼間は、広いパラソルの陰で日差しを避けて過ごそう。それでも容赦なく降り注ぐ太陽の光は、砂粒に反射して無数の光線を浴びせかける。パラソルの下にいても日焼けしてしまうほどの暑さだ。

そんな時は涼を求めて、とにかく海に飛び込みたくて仕方なくなる。ここで大切なアドバイスを。沖縄では、何を置いてもゴーグルだけは忘れてはならない。ゴーグルがあれば水中の世界を探検する時も、いつもとは違う方法で太陽の光を楽しむことができるからだ。海の中から見ると、太陽の光がまるで水に溶けていくように見える。岩の上で揺らめくストールのように見えたり、水の中の魔法の花火のように突然、火花が上がったりする。太陽の光を浴びた魚たちはカラフルで、フランスの画家、ゴーギャンが描いた絵を思わせる。そういえばゴーギャンも美しい楽園のような南の島に住んでいた。

沖縄の太陽を思う存分味わいたいなら、テラスの日陰に座り、やさしい海風を感じながら、冷えたピニャコラーダを飲むのがおすすめだ。エメラルド色の波と秘密の会話を交わす太陽の光をガラス越しに眺めるのは、至福の時間だ。あるいは、泡盛を飲むのもいいだろう。甕で仕込み、熟成させた古酒は、独特の香りとまろやかさが楽しめる。


そうして、誰にも気付かれないうちに1日のコースを巡り終えた太陽は、そろそろ隠れる時期が来たと判断する。太陽が金色に変わり、海の表面を抱きしめ、すべてがまばゆい黄金色に包まれる時間が訪れる。ヤシの木の影がゆっくりと砂浜に伸び、誰かが灯りを消したかのように空が暗くなる。太陽が明る<輝いていた一日が終わり、幕が切って落とされたように、突然夜がやってくる。日本の夕暮れは、余韻を味わう間もないほど短い。しかし、その後に広がる満天の星は世界で最も美しい。沖縄の諸島では84個もの星座を観察できると言われ、まるで空にダイヤモンドが散りばめられているようだ。


幼少期の私は、日本の反対側に位置するアフリカ北部のモロッコで育った。私たち家族が暮らしていたカサブランカは、大西洋岸に面している。モロッコは「日出ずる処」の国ではない。当時は、太陽が昇ることに特別な感情を抱いたことはなかった。夜はあっという間に明けて、こっそりと朝になり、退屈なものだった。太陽はいつも、バタバタと地平線から顔を出す。わずか数秒の間に、闇から光へと変わるのだ。

逆にモロッコは「日没する処」の国だったのかもしれない。モロッコの夕陽は沈むまで時間がかかった。私は時々、家からほど近いビーチヘ向かい、砂丘の上に座って西の空を眺めたものだ。映画のスローモーションのように、ゆっくりとゆっくりと日が沈んでいく。空は、徐々に黄色からオレンジ、そして紫へと変わっていく。空に浮かぶ細い雲が突然、燃え上がるような赤に変わる。暮れゆく夕日に包まれながら、惜しむようにそのぬくもりを私は感じていた。目を閉じていると、私の想像力は水平線を超えて、どこか遠くの島へと飛んで行った。南米大陸の向こうへ、海を越えて、ここで沈もうとしている太陽は、別の場所にある美しいビーチを輝く光で照らそうとしているのだと。

あの時、 私の心は、 知らないうちに沖縄へ旅していたのかもしれない…




リシャール・コラス
(シャネル日本法人会長)
フランス出身。シャネルH本法人会長、作家。1985年までジパンシィ日本法人代表取締役を務めた後、シャネ ル入社。1995年にはシャネル株式会社代表取締役社長に就任。作家としても活躍、主な作品に「遥かなる航跡」「紗綾」「旅人は死なない」「茶室」など。